Flavor of Life
日々の思いつきとこれまでの旅行記、音楽と本の感想などを稀にアップしていきます。
自分の感じたことをすっと言葉にすることに、ときに困難を覚えることがあります。
うまい表現がみつからない、というか。
「言葉をみつける過程」の記録としても位置づけていけたら、と思っています。

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敬老の日                 
評価:
藤原 てい
中央公論新社
¥ 720
(2002-07)
Amazonおすすめ度:
今日からこちらでblogを始めることにしました。
本や音楽の紹介、日々考えたことなどをマイペースにメモしていきます。
よろしくお願いします。
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毎年9月15日が敬老の日だという刷り込みがあったが、
いつのまにか実施されているハッピーマンデーとやらで、今年は17日らしい。

母方のおばあちゃん子である私は、祖母に電話をかけた。
いつもは手紙を書くのだけれど、ばたばたしていて気がついたら
今日が敬老の日で慌てた。
1人暮らしの祖母は、最近食事も抜きがちで、補聴器も付け始めたときいていたので、
多少心配だったけれど、応答も言葉も明瞭で、一安心した。
逆に、叱咤激励された。

彼女は、小学校を卒業したあと、上の学校に進みたかったのだが、
時代がそれを許さなかった。
きょうだいの多い農家で、口減らしのため彼女は製糸工場に働きに出た。
会ったこともない祖父と結婚するために中国大陸に渡るまで、製糸場で奉公した。

結婚も仕事も、自分の意思が介在する余地等なく、生き抜くために必死だった数十年間。

元兵士で亭主関白の典型のような祖父が逝き、彼女が口にするのは、
「あなた達の世代は学校にも行けて幸せだ。絶対に無駄にしないように。
手に職をつけ、男性に頼らず生きていきなさい」ということだ。

80後半に差し掛かろうとしている祖母は、今の時代に生きていたら、
キャリアウーマンとして活躍していたタイプだと感じる。
祖母が、自分のできなかったことを、孫に期待する気持ちは痛いほど想像できる。

亭主関白であった祖父であるが、孫である私には「フランダースの犬」の絵本を何度も読んでくれたり、
てるてる坊主のつくり方を教えてくれたり、
一緒に釣りに行ったりとひたすら優しいお祖父ちゃんであった。

祖父は、亡くなる約1年前に、突然、私に今までの人生について語り始めたことがある。それまで、戦争時代のことはあまり語らなかった祖父が、
そのことについて触れたということは、私への遺言だったのだろうか。

祖父は、引き揚げについて詳細には語らず亡くなり、
祖母も散々な目にあった、というだけで多くを語ろうとしないが、
冒頭に挙げた本のように壮絶な体験をしたことがうかがえる。

引揚者である祖父母は、敗戦により現地で財産を全て失くし身一つで帰ってきた。
帰国してから一家は食べていくことに精一杯で、
高校で一番の成績だった伯母を大学に行かせる余裕などなく、
伯母は弟妹のために働いた。

私は、大学にも行かせてもらい、この時代に甘えすぎている。
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