Flavor of Life
日々の思いつきとこれまでの旅行記、音楽と本の感想などを稀にアップしていきます。
自分の感じたことをすっと言葉にすることに、ときに困難を覚えることがあります。
うまい表現がみつからない、というか。
「言葉をみつける過程」の記録としても位置づけていけたら、と思っています。

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巣立ち・・・?                 
ルームシェアをしていたはずの我が家。

数ヶ月前、私は
ルームシェアをうまくいかせるコツが段々わかってきた。

私生活は、なるべく介入しあわない。
基本は「ソロ活動」。
(こう言ったら、後輩に、「歌手じゃあるまいし、何かっこつけてるんですか」と
突っ込まれた笑)。

風邪のときやピンチのときは、助け合う。

掃除当番、ゴミ出し当番などの規則は決めないで、
気づいたほうが適宜やるようにしている。
当番を決めると、守れなかったときに険悪になるかなと思って。

ルームシェアは、超神経質な人や、音にあまりに敏感な人には向いてないと思う。
でも、いい意味でも悪い意味でも適当な性格である私にとっては、
メリットのほうが大きい。

お互いソロ活動をしているため、ひとつ屋根の下に住みながらも、
「ただいま」「お帰り」以外、会話をしないで一週間経つこともある。
でも、シャワーの音とか聞こえると、「あ、帰ってきてるんだ」と思って安心する。

自然体で一緒にいられる誰かと住むことで、
こんなにも精神的に安定するとは、と驚いた。

「人間は社会的な動物」ということを実感している。

等と
ルームシェアマスターかのごとく
得意げにのたまったものだった。馬鹿か。

しかーし。
撤回します、
ルームシェアマスターの座。(もともとないけれど)


ルームメイトは、一ヶ月くらい前から
着替えを取りにしか帰ってこないことに
昨日、気づいたのだった。(気づくの遅すぎだろ・・・)

あまりに「ソロ活動」が進んだゆえ、
ルームメイトがこの夏密かに海外に行っていたことも
保険会社からの海外旅行保険証が家に届いて初めて知ったという
有様だ。

うぉー。
もともと、家事の分担は、はなから期待はしていないけれど、
光熱費折半の件はどうなるんじゃ〜。(そこかい?)

シャンプー・リンス代だのトイレット・ペーパー代だの細かいことは
近頃は実質私がほぼ全部使っているし気にしないけれど、
光熱費はせめて折半していただかないと、
そういう約束で住み始めたわけだし
昨日、とある機関から高額の引き落としをされた私としては困るわけです・・・

意外と感受性が豊かなマイルームメイト・ギャル。

なんだか、「私の存在のせいで、kayの勉強の邪魔になっていないといいけど」
等と殊勝なことを口にしていたこともあるらしい・・・
No Way!って感じ。
もしや、私の修行宣言をきいて、巣立っていってしまったのだろうか。

しっかし、巣立ちにしては、立つ鳥跡を濁しまくり。
ペットボトルの山でオブジェでも作ったつもりなのか?!
ギャルよ、カムバーッック!

「ただいま!」と言ってもしーんとしている状態が約一ヶ月続いているし、
ギャルに話しかけたつもりで、
独り言を言っている自分が不気味ですくるりん

: family : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
一人称とgender                 
ぼくは整頓ができない
ぼくは料理ができない
ぼくは掃除ができない
ぼくは芝刈りができない


ぼくは洗濯ができる
ぼくは縫い物ができる
ぼくは本が読める


わたしは勉強をするしかない
: つれづれ : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
eye-opening                 
先日ちょっと触れたserendipityによって
昨年の夏、開眼したときの気持ちを言葉にしておいたメモに
加筆修正してみた。

昔から雑誌「cancam」に虫唾が走る私。
怖いものみたさに立ち読みするときもあるけど。
先日、学部時代の親友の家に行ったら
アンチ・cancamであることが判明したので
やっぱり類は友を呼ぶだよなと思った。

cancamはさておき、
私は今、水を得た魚のようにどんどん息をふきかえし
今、やるべきことは、毎日の日課を粛々、淡々とこなすことのみ。
復活したのは友達の存在のおかげで、
周囲の人々によって生かされていることを痛感する。
目下の課題は、克己心の向上。


雑誌キャンキャンなどで「これがモテ服だ!」と
されるような フェミニンな服を着た日には、
一日中、仮装大会かコスプレしているような気分だ。
いや、仮面舞踏会かも。


それはそれで楽しいけれど。時には。
この社会で生きていくために、TPOをわきまえる必要性は痛感しているし。


20代前半は、毎年モーターショーやら展示会やらで
イベコンのバイトをしていた。
心とは裏腹の笑顔。氷の笑顔。華やかなライト。
眩しいカメラのフラッシュが絶え間なく続く。

そして、むくんだ足を摩りつつ、のど飴を舐める舞台裏。

この仕事を紹介してくれた姐さんも私も
女を売り物にするような仕事を育む社会構造に対して嫌悪感を抱く。

それなのに!!!

私たちはそれに乗っかり、そういう仕事をして手っ取り早く旅費を稼いでいる!!
なんという自己矛盾。


帰宅して、化粧と疲労とで蒼白になった顔を鏡で見ながら、
この事態は痛烈なパロディだと思った。

針金のようになったマスカラを扱き落とし、ファンデーションを落とすと、
頬に自分の黒子たちが現れる。
頬にこの星座が見えたとき、ああ、家に帰ってきたんだと
初めてほっとするのだ。


ショーの現場に向かう電車に揺られる自分を心底馬鹿馬鹿しいと感じながら、
現場に着くと能面のように微動だにしない笑顔を振りまいていた。

「演技」から解放され家に辿りつくと、どっと疲れ果てて、
玄関に座りこんだまま動けない日々が続いた。


なんで、スカートでピンヒールじゃないとダメなのか?


メーカーの社員さんが、
「もうすぐ就職活動でしょ? スチュワーデスなんか受けるの?」
と訊いてきた。
「ええ・・・。ちょっと考えてみます」とにっこり答えながら、
なりたいのはむしろパイロットだよ!
それに今の呼称はCAとかフライトアテンダントだし!!
と心の中で息巻いていた。ひねくれた子どもだった。


結局、一番落ち着く格好の基本形はカジュアルなパンツスタイル。
足元はビーチサンダルがよい。海に行くときのような。
一時期、海を見ながら育ったことも影響しているのか。


美容室に行くと、目の前にとっかえひっかえ差し出される
JJやキャンキャン(スペルもよくわからん)は
突っ込みどころ満載のギャグとしか思えなかった。

付き合った人は「スカートを履け」だの「ヒールを履け」だの
キャンキャン的な服装を押し付けてくる人ばかりで疲労困憊した。

彼らの意向を取り入れようとすると、
周りの酸素が薄くなっていくようで年々息苦しさを感じていき、
窒息するかと思った。
上京してから10年近く、まるで籠の中の鳥だった。



自然体でいられなきゃだめだと思った。
というか、気張らず自然のままでいいんだ、と気づいた。

とても簡単なことなのに、年を経るたびに仮面が重くなって疲れていた。




そう気づいたら、
全てから解き放たれて楽になった。

: つれづれ : comments(4) : trackbacks(0) : posted by kay :
let each other see to the liver and gallbladder                 
評価:
上野 千鶴子
法研
Amazonおすすめ度:
私は独りで本を読んだり音楽を聴いたり昼寝をする時間も好きだけれど、
10年近い独り暮らしを経た後、ルームシェアをしてわかったことは、
独り暮らしはもう十分だ、独りでは二度と住みたくない、ということ。

この10年間、いかに寂しかったのかがよくわかった。

自然体で一緒にいられる誰かと一つ屋根の下にいることで、
こんなにも精神的に安定するとは、と驚いた。

今週は、色々なお宅で夕ご飯をご馳走になる機会があり、
みんなで食卓を囲んでご飯を食べる、という幸せが、
いかに心に平安をもたらすか、如実にわかった。

お宅を辞してから、温かいコミュニケーションのなかで
満たされたエネルギーによって、
帰り途のステップの軽いこと軽いこと。
心の平穏具合が独りコンビ二弁当を食べた後と全く違うのだ。

独りコンビニ弁当を食すとき、それはただ、腹を満たす、という行為に過ぎないが、
みんなで食を共にする、ということには、言葉では表現することのできない、
+αがある。
肝胆相照の仲の人との暮らしで得るものは、会話、気持ちのフローの共有、
などなど、挙げればきりがない。

実家を出る前は、みんなで食卓を囲むことの意義について
全然考えたこともなく、ありがたみがわからなかった。

人間は、まさに、言葉どおり
人と人との間によって生かされているのだと思う。

しかし、気をつけなくてはならないことは、
人と人が共に暮らすときに最も利用されている現状の婚姻制度が、
多様な生き方を否定するリスクを色々な場面において伴っているということだ。
多様な生き方が許される社会でなければならない。
独りで老後を過ごす生き方も否定されてはならない。

現状の法律婚制度の是非はともかく、
私は早く食卓を共にすることのできる港を持ちたいものだと思った。


そのために、今やるべきことははっきりしている。
乾坤一擲、この突破は詰まるところ、
自分に甘いという自己の弱さとの日々の闘いにかかっている。
: つれづれ : comments(2) : trackbacks(0) : posted by kay :
work rules                 
労働法の勉強を始めて以降、うちの就業規則を読み返すたびに、
突っ込みどころを発見し、修正する必要性を感じてきた。
どこにかかっているのか不明な修飾語が多くて、このままでは
使用者にとってもスタッフにとっても曖昧で、双方に不利益だ。

この就業規則は顧問税理士さんがもってきたものをちょっとアレンジしただけで
基本的にそのまま使い始めたものだ。
顧問税理士さんは、約100件クライアントがいるらしい、
きっとどこも同じ就業規則なんだろう。。。
変更するには、色々と手続が必要なようだが、残念ながら今はそんな暇がない。。。
零細自営業だから任せられる人もいないし。
来年、やることを心に誓った。

最近嬉しいなと感じることは、一度退職した人のなかで子育て等が一段落し
戻ってきてくれる人々が出てきていることだ。
人は、出会い、別れ、巡り巡ってまた出会う、の繰り返しの中で生きているのだと
実感する。
人との出会いに限らず、音楽や、本との関係においても
似たような感覚に浸ることがある。

一度縁があってお互いに信頼関係を築いた人には、何年たっても情を感じる。
間に何年隔たりがあろうが、そんなの関係ない。


目下の課題は、スタッフが現場で問題と思ったことと、その問題に対する対処方法をどんどん提案してもらう良い仕組みをどのように作るか、ということ。

何はともあれ労働法がんばらないと。。。


: つれづれ : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
will I?                 
評価:
ロザリオ・ドーソン,トレイシー・トムス,テイ・ディグス,アンソニー・ラップ,クリス・コロンバス,ロバート・デ・ニーロ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
Amazonおすすめ度:
ブロードウェイミュージカルの傑作、Rentが今年もJAPAN TOURを行うようです。

07/12/14〜07/12/19
東京国際フォーラム ホールC (東京都)

07/12/22〜07/12/25
ウェルシティ大阪厚生年金会館芸術ホール (大阪府)

映画で観てからこのミュージカルの虜になり、
いつか舞台を観たいと思っていました。
今年は残念ながら無理ですが。

このミュージカルは、“Seasons of Love”や“One Song Glory”等、
素敵な曲の宝庫です。

私の一番のお気に入りは、“Will I?”という曲です。



Lyrics
Will I Lose My Dignity
Will Someone Care
Will I Wake Tomorrow
From This Nightmare?


人が誰しも潜在的に抱いている不安を、歌詞の内容はもちろん、
それを繰り返す輪唱と、哀愁を帯びたメロディによって、
見事に表現していると思いました。

このミュージカルでは、多様な性のあり方が主題の一つとして描かれています。

この舞台には、1980年代のeast villageの空気が詰まっていると耳にします。

来年夏、本場NYで見るのが目下の夢です。
物語の設定場所である、east villageも訪れてみたいです。
設定である80年代から20年の時を経て、east villageの様相は
すっかり変貌を遂げているとききます。

その場に立って、事象の移ろいについて思いを馳せてみたいです。
: musical : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
paradigm shift                 
子どもの頃は、どうして?何で?と、周囲の大人に対して思い立ったら吉日のように質問を投げかけていたらしく、うんざりした親から、静かにしなさい、とよく言われていた。

聖書のなかでずっと一番謎だったのは、
イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、精霊によって身ごもっていることだ明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した(マタイ1.18-21)
という部分だ。

シスターにきいても母にきいても誰にきいても「精霊によってです」「神さまがお送りになったのです」等と言われるばかりで納得する答えが得られず、私はますます混乱した。

しかし、数ヶ月前に読んだ本で、長年の霧が若干晴れてきたような気がする。
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した
という部分についても、述べたいことが色々とあるが、長くなるのでここでは置いておく。

マタイによる福音書の冒頭では、綿々と男性の生命の系図が記されている。

しかし、冒頭に挙げたように、マリアが神の霊を宿して母となった、ということを前提とすると、実は、肝心のイエスの誕生のところで、男性の系図が絶えていることに気づく。

・・・エクアザルはマタンを、マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。(マタイ1.15-16、太字と下線は私が付加。)

ヨセフはイエスにとって実父ではなく、養父にすぎない。

まさに系図の真打ちであるイエスのところで、男性から男性へとこれまで連綿と続いてきた男性の系図が途切れていること
に注意して読むと、
これまで気づかなかったメッセージを汲み取ること
ができる(長島世津子『キリスト教的女性学 パートナーシップ』、門土社、1999年)。
ちなみにこの本は、昨日言及した問題児妹が紹介してくれた。

法律に限らず、旧約聖書も新約聖書も、文学も、政治も経済も全て含めて、あらゆる事象についてジェンダーの視点から再検討すると、新たな発見があることがおもしろい。


ジェンダーの視座との出会いは、私にとって“the fruit of serendipity”という感じだ。内定先を迷いに迷って辞退して偶然入った今の学校で、素晴らしい友人たちと出会い、彼等と議論する中で「あ、そう、これだよ、私が探し求めていたものは」と思ったときの喜びは言葉にすることができない。
: つれづれ : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
contrasting characteristic, rebellious period                 
近頃、一番年下の妹が、複数のきょうだいのうち末っ子である母が長子である伯母(母の姉)について表現することと同じことをしばしば私について口にする。
「いいこぶりっこ」とか「親の前でええかっこしい」とか「反抗期なかっただろ」とか「自分の意思で何か決めたことはあるのか」とかそういう類のことだ。
それはちくちくと突き刺さる。
自分でもそういう部分や、母との独特な関係を自覚しているからだと思う。


私は、歳の近い真ん中の妹をいじめてしまったことを子どもなりに深く反省し、
末っ子の誕生が判明したとき、この子こそは絶対に大事にしようと心に誓った。
小学校が終わると飛んで帰り、ベビーカーを押して散歩をし、抱っこしてあやし、
お風呂に入れ、寝かしつけ、毎日子守をしていた。
ときには、言葉の意味もまだわからない妹にむかって紙芝居をして自己満足したりも。

私が家を離れて約10年、いつの間にか彼女は、
赤ちゃんの頃の、まるでおむつのCMに出てくる赤ちゃんのような純真無垢な愛らしさは微塵も感じられない、
日焼けサロンにいるギャルような見た目になった。
というか、そのまんまギャルである。
その彼女が冒頭のようなことを色々言ってくるたびに、
内心「誰がおむつ替えたと思っているんだ」といらっとしても、
狭い空間の中で逆切れ等されては時間の無駄なので、馬耳東風で通すことにしている。
何しろ今は妹の一言一言にいちいちつきあっている暇はないのだ。


他の家族によれば、彼女は高校の頃は
「番長と呼ばれ脇を舎弟(?)で固め周囲から怖がられ敬遠されていた」そうであるが、いくら見た目が変わっても、私にとっては、
別れたときにまだ小学生で可愛らしかった妹の面影がいつも投影される。
彼女なりにやりたいことをみつけられるといいな、と願うばかりである。
(こういう考えが妹にとっては「ウザイ」のだろう。)
近頃はどうやら片想いのようだ。


妹に関して、2005年夏に書いた日記を加筆修正の上、載せてみることに。
その年は、彼女がアメリカ留学から帰国した年で、今と違ってすごく懐いてきた。あれは幻だったのか。
近頃のかみつきっぷりをみると、懐いてきたのはあれが最初で最後だったみたい(笑)


末っ子の妹が一年ぶりに帰国し、成田に迎えに行った。
そのことが印象的だったので記録にとどめておくことに。

妹は高校時代アメリカに留学していた。


妹は、渡米前は、ぎゃーぎゃーいつもうるさい姉たちを嫌悪してか、
「どんな時もパニくらないを信条」(本人談)とし、常に斜に構え、クールで無口、
HIPHOPの好きな子であった。
家では「うん」とか「すん」とかしか喋らず、文章を口にすることがないので、
母と私は「日本語もろくにしゃべれないのにむこうで英語話せるのかね」
などと心配?したものだ。


また、「わしは親の言いなりには、絶対にならん」
「この家族に生まれたことが本当に嫌だった」などと毎日反抗し、
ちょっとでも頭をなでたりハグしようとすると「きもいんだよ!」と撥ね退け、
悲しくも私を始め家族は拒否されていた。

だが、成田で再会したとき、まず最初に抱きついてきた。
抱きつかれたのは初めてである。
渡米前よりもずっと明るく、無邪気に感情を表すようになっていた。
アメリカで毎日ダンスをしていたそうで、
見た目はHIPHOPの系統がより濃くなっていた。

帰り道すがら、アメリカでの生活について自らずっと話してくれた。
妹が、文章で話すのを初めて聞いた。
渡米前は、自分の学校生活について何も話してくれなかったのが、
空港から実家に帰るまでも、実家に帰ってから寝るまでも、
生き生きと自ら体験をずっと話してくれ、話はつきなかった。
それが嬉しかった。

妹は、日本で受験一辺倒の、締め付けの厳しい学校に入ってしまったが、
その学校のカラーは彼女には全く合わず、苦しんでいた。
その学校は中高一貫になったばかりで、学校として進学の実績がまだないため、
まず数として成果を出すのが先決で、妹曰く
「校内のテストの成績がいい生徒以外は人間じゃないという扱い」をされたようだ。

中学入試時の試験で10位以内だった妹は、
締め付けから逃避して一切の勉強を放棄したため、
みるみるうちに数百番も順位が後退した。
そして、年の離れた姉がいるせいかませていて化粧をばっちりきめ
見た目がとっぽい上にいつも廊下などで踊っていて目立つため、
先生方に「悪の元凶」「問題児」などと決め付けられ(本当にあきれて笑ってしまう)
母は学校から呼び出しを受けるわ、注意の電話はしょっちゅうかかってくるわで、
学校で自分の居場所がなかったらしい。

一方、留学先の高校では格好については「胸から太腿まではとりあえず覆うこと」とう
自主的なガイドラインがあるだけで自由であるし、
何よりも先生方が皆、それぞれの生徒のよさをみつけてくれようとするため、
やる気がおきたらしい。

地方の片田舎の進学校になりたいけどなりきれていないような高校で
「問題児」と不良扱いをされていた妹は、
アメリカの高校で、とても良い成績をもらって帰ってきた。
留学前は全てにやる気がおきず、「勉強なんて何のためにするかわからん」と目が死んでいたようだったのに、
実家に帰るバスの中で「勉強が好きになった」と言ったときはあいた口がふさがらなかった。
特に、アメリカ史と、webデザインの授業が好きだったらしい。
留学をきっかけとして、それまで考えもしなかった様々なことに問題意識も生まれ、将来勉強したいこともみつかったようだ。
渡米中一切電話をよこさず頑張った妹が無事に帰ってきたことと、
生まれて初めて自分に自信を持ててとても明るくなった妹を見て、
とても安堵した週だった。

十代の若者は、ちょっとしたきっかけの有無で、大きく将来が左右すると思った。
妹は、やる気が出るきっかけを持てたことで、幸運だったと思う。そのことは本人もよく自覚しているようだった。
: family : comments(0) : trackbacks(0) : posted by kay :
vamos!                 


学部時代、第二外国語はスペイン語を取っていた。

スペイン語をとった理由はの一つは、以前エジンバラ大学の英語コースを受講した際、
マジョリティだったスペイン人達が、
老若男女問わず驚くほどフレンドリーで話好きだったため、
彼らを育んだ文化や言葉に興味を持ったからだ。

ちなみに、ダニエル・マルコというクラスメイトは、
「こんな北まで来ればさすがにスペイン人はいないだろう、と思って
スコットランドまで来たのに。なんなんだこの多さは。
スペイン人ばかりで英語が上達しないよう」と苦笑していた。でも楽しそうだった。

ダニエル・マルコを始め、私の母と同じ歳くらいのスペイン出身の女性たちも一緒に
毎晩、踊りに行っていた。彼女達は、本当に優しかった。
母国スペインでは英語の先生をしている、というお母さんみたいな女性は、
煙をくゆらせながらダンスのステップを軽快に踏んでいてかっこよかった。
ダニエル・マルコはいつも悪びれもせず余裕で2限出勤(たまに午後出勤)をしていたので、印象深く名前を覚えている。

いつも、もう一軒、踊りにいこうよ!と彼等が言い、
私が「明日も授業あるし足痛いしそもそも飲めないし。もう帰るよ。」というと、
「真面目すぎるよな〜」と言われた。

日本では真面目だとか言われたことはいまだかつてない。

2年前の9月、バンコク→プーケット経由で2度目のスペイン訪問を果たした。
学部時代、スペイン語クラスで一緒だった親友がスペインに赴任したのを契機に、
彼女がいる間に行ってみようと思ったのだった。

再訪したスペインは、その数年前、初回の訪問で受けた印象からは
だいぶ変わったように思えた。
まず、通貨がペセタからユーロに変わったことで、
日本人にとってはかなり物価が高く変化していた。

もちろん、期間や訪問場所、私の年齢の経過、等違いはあるけれども、
二回とも訪れたマドリッドやバルセロナで感じた雰囲気の変化は、
私の単なる思い込みに過ぎないのか。

写真は、マドリッドのマヨール広場(Plaza Mayor)で撮ったもの
(スペイン旅行記は不定期に続く。多分。)
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秋といえば思い出すこと                 

東京の日中はまだ夏の日差しを残す
しかし、日が沈むのが早くなり
夜明け前と日暮れには秋の風を感じる

この季節を迎えて、昨年二回訪れた京都のことを思い出した

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昨年の秋と冬、訪れた京都

芯まで凍みる冬の夜に
月釜に参加しました

久しぶりに飲んだ薄茶に
母が昔たてていた抹茶を思い出しました

吉田山に佇むカフェが気に入り
二回の訪問で、二回とも行ってみました

: journey : comments(2) : trackbacks(0) : posted by kay :
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